happiness

「お兄さま、お帰りなさいませ」
「お帰り。随分遅かったじゃないか」
「おーう、ただいま帰ったぜ。……って、え?」
 勢いよく扉を開け邸内に入るなり、聞き慣れた声に迎えられごく気軽に返事をした。それはもうすっかり馴染みになった習慣であって、何らおかしいことではない、のだが。今日はそこに何か、いつもとは違う声が混ざったような。
「なんだい、鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔しちまって」
 ぱちくりと目を瞬きつつ、目の前でからからと笑っている女を見つめる。声といい顔かたちといい服装といい、それはどこからどう見てもよく知っている――どころか現在進行形で「お付き合い」をしている、ミズホの女頭領に相違なかった。
「なっ、だっておまえ、今日来れねーって言ってたじゃん……!」
 前々からきちんとお伺いを立てて、正式な招待状も送っていたパーティにあっさりと不参加の返事を寄越した。その日は都合が悪いからと、内心かなりしょんぼりしたこっちの気持ちなど一切斟酌しない、簡素極まりない一筆を添えて。だというのに。
「そうだよ、パーティには出られないよ。だって先約があったからね」
 いっそ得意げにすら見える余裕の笑みで、さらりと言い放つ言葉に絶句する。
 すっかり近年の恒例になってしまっている、国王陛下主催のそれはもうありがたい『神子生誕記念晩餐会』。とっくに「元」神子になっても未だ続いているその集まりを、それも主役である俺さまの招きを切り捨てるほどの先約とは一体何なのか。
「半年前から予約していたんですもの。国王陛下が相手でも、キャンセルなんてされては困りますわ」
 くすくすと口元を押さえて笑ったのは、共に暮らすようになって久しい妹だ。意外といえば意外なところからの口添えに、一瞬内容が理解できず、並び立つ二人を交互に見つめる。
「え、じゃあ何よセレス、おまえの差し金か!?」
「ええ、そうですわ。私がお呼び立てしましたの」
 いつかの剣呑な空気はどこへやら。彼女らはね、と互いに視線を交わし、頷き合って楽しげに微笑む。喧嘩されるよりよっぽどいいが、ちょっと待ておまえらいつの間にそんなに仲良くなったんだ。
「私一人では手に余りましたが、しいなさんのおかげで形になりましたわ」
「セレスは不慣れなだけで筋は悪くないからね。ちょっと教えたらすぐ上達したよ」
「……えーと、あの、一体お二人はなんのお話を」
 なんとなく先が読めるような気がしないでもないが。それでもやっぱり微妙について行けずに、恐る恐る真相を問うてみる。
「ま、見りゃわかるよ」
「ええ、早くしないと冷めてしまいますし」
「えっ、だからちょっと、何が――」
「ほらさっさと歩く歩く!」
「もうお兄さま、いつまでぼうっとしているおつもりですの?」
「いや待てって、待ってお願い……のわぁっ!?」
 抵抗などする暇もなく。右腕をしいなに、左腕をセレスに、それぞれがっしりと掴まれ挟まれた。そのまま半ば引きずるように、前へ。向かう先は多分……ダイニング、なのだろう。
 ずるずると女二人に連行されて、扉前に着くと控えていたセバスチャンがさっとそれを開け放った。最後にどんと思い切り背中を押されて(これは絶対しいなだ、間違いない)、ややつんのめりながらも解放される。同時に。
 ――ぱぁん、ぱぁん!
 けたたましい破裂音が両脇から響き、きらきらした紙吹雪が派手に視界を覆う。
『誕生日おめでとう!』
 高低二つの声が異口同音に、そしてぱちぱちと賑やかな拍手が続いた。漸く収まった紙吹雪の向こうに、色とりどりの花で飾られたテーブルが見える。そこに並んでいるものは、手作り感溢れる料理の数々と――三段重ねのデコレーションケーキ。
「……ばーか。あんなデカいの誰が食うんだよ」
 御丁寧に年の数だけ並んだ蝋燭が、ちらちらと炎を揺らめかしている。その温かな色を眺めて苦笑して、つい湧きそうになった涙を誤魔化した。
 あんたに決まってんだろと笑う声と、馬鹿とは失礼ですわと怒る声。どうしようもなく愛しいそれらに、手を引かれせき立てられて上座に座らされ、それから。
「さあ消して下さいませ!」
「急がないと蝋が垂れちまうからね」
「へーいへい、っと」
 すう、と思い切り吸い込んだ空気は、紛れもない幸せの匂いがした。

 

お友達の浅さんのお誕生日記念の品でした。

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