枯れない花をここに

 初めて訪れたフォドラの街を、リチャードは物珍しそうに眺めていた。テロスアステュは今も辛うじてその原型と機能を留めていたから、興味を引くものが沢山あったのだろう。のんびり遊んでいられる状況ではなくても、ついあれこれと視線を巡らせてしまうのは無理もないことだと思えた。その様子が突然一変したのは、街を出て荒廃した大地を間近に目にしたときだ。
「リチャード、どうかした?」
「あ、ああ……。いや、なんでもないよ」
 多分それは驚き、だったと思う。かつての繁栄の跡を残す街の中と、この何もない荒れた風景とはあまりに違うから、それに驚くのは頷けた。でもなんでもないと答えた言葉に反して、赤茶けた岩だらけの道を進む足取りは重い。その理由が何故か気になって、最後尾を歩く彼をちらちらと目で追いかけた。やがて表情にも少しずつ変化が表れ、暗く沈鬱なものになっていく。
「あれ? しまった、道を間違えたな……」
「もう、何やってるのよアスベルってば」
「兄さん……。しっかりして下さい」
「あはは、ごめんごめん。ここってどこも似たような景色が続くからさ」
 ちょうどいいから休憩にしよう。そう言ったアスベルの声を聞きながら、そっとリチャードの元に近づいた。彼はすぐ気づいて顔を上げ、ソフィ、と呼び優しく笑ってくれる。けれどその微笑はどこか儚げで――そのまま、どこかに消えていってしまいそうな気がして。
「ソフィ? どうしたんだい、急に」
 何故そうしたかはわからない。でも咄嗟に、その手をしっかりと掴んでいた。不思議そうに首を傾げて問うリチャードに、ふるふると首を横に振る。説明しようにも上手く伝えられない感情の代わりに、握った手にきゅっと力を込めた。
「……リチャード、苦しそうな顔をしてるの」
 どこか痛いとか、具合が悪いとか、多分そういうのではないと思う。きっと心が苦しくて辛い、それを我慢しているときの顔。見ているとわたしも苦しくなる。だから助けてあげたいのに、何をしてあげればいいのかわからない。
「ごめん。心配をかけてしまったんだね」
 君は優しいねと言って笑うリチャードは、やっぱり辛そうで胸がぎゅっとなる。どうしたの、何がそんなに辛いの。聞きたいのに言葉が声にならなくて、ただ掴んだ手を放さずにいることしかできない。
「おいで、ソフィ」
 誘われるままついていった先には、一群の花が咲いていた。今はもう何色だったかもわからない、粘土質に変化してしまった花片は揺れもしない。
「この花、君たちは以前に見たことがあるのかな」
「うん。最初にここに来たときに見つけたよ」
「だろうね。これは……原素が枯渇したせいで、こうなってしまったんだよね」
 確かめるようなその問いに、こくりと頷いて肯定する。それを受けたリチャードは、ほう、とひとつ溜息をついた。そして今度は視線を上げて、辺りに転がる瓦礫に目を向ける。
「……ここにも、昔は街があったのかな」
「そうかもしれない。わたしはテロスアステュしか覚えていないけど」
 明らかに自然の岩ではない、人の手が加えられたものの痕跡がそこにはあった。すっかり風化してしまって元はなんだったのかよくわからないけれど、その破片は街に入るための転送装置の土台のようにも見える。だとしたらこの場所にも街か、何かしらの施設かがあったのかもしれない。
「――わかっては、いるんだ」
 幾分長い沈黙の後、俯いたままのリチャードが口を開く。
「この星の原素が涸れたのは、ラムダが原因だったわけじゃない。混乱には拍車を掛けたかもしれないけれど、彼が直接何かをしたせいじゃないんだ。それは、よくわかっているのだけど」
 ゆっくりと、絞り出すように言う声は重く、血の滲むような痛々しさがあった。荒野を吹き渡る乾いた風が、その合間を埋めるように時折すり抜けていく。
「それでも僕は……僕たちは、エフィネアをこんな荒れ果てた世界にしてしまおうとしていたんだ。人のいない、原素の巡らない、命の火の消えた死の世界に」
 そのことが、とても恐ろしくなってしまったんだ。
 呟くように言ったリチャードは、ほんの少し顔を上げてわたしを見た。深みのある茶色の双眸が、ゆらゆらと激しく揺れ動いている。
「僕たちの望んだ安住の地は……こんなものではなかったはずなのに」
 未だ掴んだままの手が小刻みに震える。わたしよりずっと背の高い彼が、今は何故だかひどく小さく見えた。こんなときどうしてあげたらいいのか、その答えが不意に浮かび上がる。寸分も迷わず、それを実行するために手を放した。
「大丈夫だよ」
 精一杯背伸びして、手を伸ばして頭を抱え込む。そうしてぽんぽんと優しく撫でて、もういいよと耳元で囁いた。もう全部終わったこと。大丈夫、怖がる必要なんて何もない。
「リチャードは帰ってきてくれた。ラムダも、ちゃんとわかってくれた。だからエフィネアは、こんな風にはならないよ」
 言いながらぎゅっと抱き締めて、大丈夫だよと繰り返す。そうしているうちに少しずつ、震えが収まっていくのがわかった。はふ、と細い息が漏れるのと同時に、緩く抱き返されその腕の中に包み込まれる。
「……ありがとう」
 ほとんど吐息だけで紡がれた一言に、うん、と小さく頷いた。
 きっともう少しして顔を上げたそのときには、いつもの柔らかな笑顔が見られるだろう。

 

なんでその状況でシャトルでなく徒歩なのって突っ込みは禁止です。

小説ユーティリティ

clap

拍手送信フォーム
メッセージ